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高野山を後世に伝える棟梁
株式会社尾上組 代表取締役社長
尾上 恵治さん
高野山二大聖地のひとつ「壇上伽藍(だんじょうがらん)」は、弘法大師空海が自ら伽藍建設を計画し、弟子たちによって長い年月を経て完成しました。曼荼羅の世界が具現化された修行の場とも言われており、古来より大切にされてきた高野山を象徴する場所です。
その入口にあたる中門の再建工事を棟梁として指揮され、そして世界遺産マスターとして高野山の魅力発信にも励まれている尾上さんに、中門再建工事のエピソードや高野山での活動についてお話を伺いました。
高野山にとって重要な中門再建工事に責任者として長く関わられたと伺いました。
高野山開創1200年記念事業として、壇上伽藍の中門が172年ぶりに再建されることとなり、堂宮大工の棟梁として再建工事の総責任者を務めました。中門の再建工事には、材料となる木や石を探すところから始めて足掛け6年間を要しました。
再建工事の中で特に苦労されたのは?
一番苦労したところは、石の土台の上に柱を立てる工程です。多くの場合、石を平らに削って柱を載せるのですが、中門では「光付け」といって、自然の石の凹凸に合わせて柱の形状をぴったり合わせて立てるという作業を行いました。石の凹凸に18本全ての柱の形状を合わせるのに4ヶ月を要しました。ある程度の型をつくって荒削りした後、柱の底面にチョークを付けて石に下ろし、チョークがついた所を削ってまた石に載せてみて…、歯医者で歯型を取りながら少しずつ噛み合わせを整えていくのと同じです。だいたい50回位、そんな作業を繰り返しました。
50回も?物凄く時間がかかりそうな作業ですね…
実際に作業をしている時は、いつ終わるか全く終わらない状況でした。木の中をくり抜いて、周りだけ石と形を合わせるだけでも、簡単に作業を済ませることができます。でも、恐らく250年か300年後に必ずこの柱を修理するだろう大工に「なんや、昔は手を抜いとったんやな」と思われたくなく、真面目にやったんです。
完成して石の上に柱を組んでみると、丁寧な作業のおかげで垂直と水平が寸分の狂いもなくピッタリ揃ったので、組み上げてから部材同士を微調整する期間を大幅に短縮することもできました。
現代に伝統建築を蘇らせる難しさはありますか?
伝統的な建造物の再建とはいえ、現在の消防法や建築基準法は守らなければいけません。そのために様々な工夫をしました。一番厳しかったのは構造計算です。元々壁が少ない建造物の為、白壁の隅や柱の上部付け根に補強用の金具を取り付けて強度を高めています。また、壁の内部も入れ子構造にすることで構造計算をクリアできるようにするなど工夫をしています。
現代のルールに合わせながらも、例えば塗料は800年前に使われていたものを使って色を再現しています。800年前のデザインを、さらに800年後に送ること、いわばタイムマシンを作るのが私達の使命だと思って、中門の再建に取組みました。
大工技術の継承にはどんな課題があるのでしょうか?
大工の技術は大昔から完成されていますが、ただ方法を残すだけでは伝えていくことができません。後継者にしても、単純に弟子を多く取れば良いわけではなく、その人の一生を保証できるくらいの仕事量がこの世界に生み出せるかも考えなければなりません。文化財や古い木造建築の修復技術を持っているだけで一生食える保証があれば、大々的に募集もできますが、修行した技術がもしかしたら今後使われなくなるかもしれません。
技術が残っても、使うものがないと意味がありません。だから、作るだけでなく材料や原料についても勉強すること、保存していくことも大切です。今、林業は大工よりも厳しい状況にあります。例えば、架線で木を運ぶ技術は、和歌山県にはまだ残っていますが、奈良県にはもうありません。どんどんヘリコプター輸送に変わってしまいました。ところが、最近の燃料高騰によって、今度はヘリコプターで運ぶことも厳しくなってきています。
大工業界だけでなく、高野山だけでもなく、視野を広げて世界全体で残された貴重な遺産をどう残していくのかを考えないといけません。
高野山の子どもたちにワークショップを開かれていると伺いました。
元々、私は歴史に全く興味がありませんでした。30歳ぐらいまでは、昔のことは年表を見たら分かる、未来を見つめんとアカンと(笑)。ところが青年会議所で『いいとこ探検隊』という、子供たちに地域の良さを知ってもらおうという企画が始まった時、自分に全く知識が無いことがわかり、そこから勉強を始めました。自分に子供ができたことも影響しているでしょうね、歴史に興味が出てきました。そうすると高野山は調べれば調べるほどわからんことが増えてくる、ただの田舎やと思っていた町は実はとんでもない所や…と思うようになりました。
それから、自分たちが住んでいるのは凄い場所やで、世界でもそんなところはないで、という魅力を次の世代の子供たちに伝えたいと思うようになり、壇上伽藍を中心に高野山を子供たちと一緒に見て歩くワークショップを始めました。子供たちにはすぐ浸透したようで、身近にあった建物に使われている技術や役割など、積極的に学んで素晴らしい発表をしてくれたり、オリジナルのガイドブックまで作ったりしてくれるようになりました。
素晴らしい取組みですね!貴重なお話をありがとうございました。
尾上 恵治(おのうえ けいじ)
1960年生まれ。世界遺産マスター第2期生。堂宮大工・一級建築士・一級土木施工管理技士・特殊建築物調査資格者・金剛峯寺境内案内人。和歌山県社会教育委員。 高野山にて、各種文化財や金剛峯寺をはじめとする各塔頭寺院の保存・修理工事に携わる一方、世界遺産マスターとして町石道などの保全作業やガイドおよび講演を行い、高野山の魅力を発信し続けている。ブラタモリ「高野山」出演、『世界遺産マスターが語る高野山』(新評論)の著者。
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