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木造の文化財建造物を未来に伝えるために
京都大学大学院 教授
藤井 義久さん
近年、脱酸素や森林循環という観点から建築物への木材利用が見直されるようになりましたが、日本の文化財建造物のほとんどは木造建築です。軽くて強く、加工しやすい、調湿機能があるなど、古くから私たちは木材に慣れ親しんできました。今回は、まもなく奈良・興福寺の国宝五重塔の大規模修理が始まることに際して、全国の文化財や伝統的な建築の非破壊検査による調査や保全を通じて、木材の有効利用について探究されている京都大学教授の藤井先生にお話を伺いました。
約120年ぶりに興福寺五重塔の大修理がはじまります。どのようなことが行われるのでしょうか?
日本の文化財建造物に指定されているほとんどが木造の建物ですが、通常は数十年に一度、保存修理が行われます。多くの場合は屋根の修理、いわゆる瓦の葺き替えや檜皮の葺き替え作業ですね。
しかし、今回の五重塔のように50年または100年ごとに大規模な工事や解体を伴う修理が行われる場合は、文化財建造物の工事に際して色々な調査が行われます。歴史的な調査、美術工芸品的な観点からの調査、それ以外に建物の耐震性なども調べます。木造建築物の場合は木材そのもの、痛みや劣化の具合なども調査します。必要に応じて部材を修理したり交換したり、補強も行います。
藤井先生は多くの文化財調査に関わっておられると伺いました。
私が関わってるのは木材に関することです。建物の主たる構造部分から表面に付けられた化粧的な部材まで大半が木造ですので、くまなく調査を行います。
例えば、長年の間に雨風にさらされて雨水が染み込んだり、あるいは地面から吸い上がってきた水分によって腐朽していないか、またそれがどの程度進んでいるかなどを調査します。
雨以外にも木材が傷む原因はあるのですか?
水分以外の木材の劣化原因として、木材を餌とする栄養分とするような生物があげられます。その1つは虫類です。一般的な家屋と同じでシロアリをはじめとするような昆虫類によって食害を受けてしまうことが多いです。修理の際には、ある程度足場を組んで部材を外したりしますので、そういう状態がはっきり見えてきます。その他にも菌類や紫外線など様々な要因があって、それは今も昔もあまり変わらないですね。
古建築にも木材を長く持たせるための工夫が見られるのでしょうか?
元々日本に仏教建築が入ってきたのは飛鳥時代の頃になりますが、その頃に入ってきた建物はどちらかというと小型の建築に分類されると思います。そのうち段々と国内で日本の大工棟梁の技術が熟練されるのと同時に、長くて大きい材料が調達されるようになりました。それに従って、お堂の規模が大きくなっていくんですね。
そうした際に、なるべく木材が濡れないよう、濡れてもすぐ乾くような構造が生まれました。それから腐りにくいような木材が使われるようになりました。特に屋根は、なるべく庇や軒を深くし、雨が直接、壁に当たってしまわないように改良されていきました。このような工夫があります。それが日本の長い歴史の間に築かれた社寺建築の特徴かなと思いますね。
修復の際、壊れてしまった部分は新しく作り直すのでしょうか?
この話題は、文化財建造物保存の専門家の間でも色々な議論がありますが、文化財の今ある形をなるべくそのままの状態で保つというのが基本的な考え方です。
ただ修理の際に調査をしていると、前回の調査、あるいは文化財指定を受ける以前やそもそも文化財という概念がなかった時代、例えば江戸時代の後期に、大幅な修理修復をされている場合があります。極端な場合、屋根の茅葺が瓦に変わっていたり、建築様式が変更されていることもあります。その場合には、歴史や文化財の先生方と協議の上で、変更前のより古い形に戻すという選択がとられる事があります。
また、耐震や安全上の問題で手を加えることもあります。今の文化財建造物は、一般の方々が見に来られます。文化財としての価値を損なわないことも重要ですが、近年では見に来られた方や管理している人達の安全確保も重要視されるようになりました。いわゆる耐震性能を評価し、十分でないことがわかれば、それなりに補強することも行います。建築の耐震診断や耐震補強を、現代的な手法や考え方を取り入れて補強補修する場合もあります。ただ、その場合でも、意匠を大きく損なうことがないよう、なるべく古い形を残しながら、新しい技術も一部取り入れるというようにしています。
もし、木の部材を新調する時は、材料をどこで調達するのですか?
私の専門とする文化財建造物や伝統的な木造建築の分野で言うと、木材を新調する際はやはり日本のものを使うことが多いです。国宝や重要文化財など、指定文化財建造物の修理修復にあたっては、基本的に日本国産の材料を使うこととされています。それからもう1つ、古い仕事をなるべくそのまま踏襲するという考え方があります。色々と作られた当時と今では環境が違いますので、作り方や材料について近現代的なものを使うこともありますが、基本的には国産の材料を全国から探して調達し、その製材もなるべく昔の大工棟梁の仕事を踏襲しながら行います。
木造建築を残していくために、これから必要なことはなんですか?
建築物というのは、置いておくだけじゃ駄目なんです。これは文化財に限りませんが、もっと言えば一般の住宅でもそうなのですが、住んでいる方や使っている方、所有者の方が定期的に気にかけてあげないといけません。建物はずっと大丈夫だと思い込まず、普段から意識して建物の痛み具合や汚れ具合など、観察しておくことが重要です。
観察は表面的な部分だけではいけません。お寺によっては、お坊さんや檀家さんが毎日のように堂内を一生懸命掃除されるところもあります。見た目はすごく綺麗な状態が保たれているのですが、それでも屋根や床下などには目が行き届かず、建物が傷んでしまっていることがあります。もう一つよくある例としては、綺麗にしようと一生懸命水拭きをしたり、水で洗ったりすることを毎日のように繰り返すケースです。これはあまり木材にとって良くありません。水分によって木材を傷める原因になってしまうことがあります。
要するに、建物にはどんな材料が使われていて、どのように傷むかという事について、少し勉強していただくことが必要です。日常的な点検やメンテナンスがあれば、劣化を早めに検出できます。これを徹底していけば、大規模な修理を行わずに済むので結果的にコストや時間を節約できます。文化財建造物は他の文化財とは違ってガラスケースや保管庫に収蔵することができませんから、修理修復を前提に守っていかなければいけません。そうした際に、日々の積み重ねが大事になってきます。
最後に、特別公開される興福寺五重塔の見どころについて教えてください
五重塔の内部には、他の塔建築もそうですが、心柱とよばれる建物の背骨のような部材が地面から頭頂部の相輪のところまで立っています。さすがに、興福寺の五重塔ぐらいの規模になると、それが1本の木材というわけにはいかないので3本程度の部材を継いだ心柱になっています。直径が約1m程ある良質なヒノキの木材を使っていますが、心柱の足元部分が見学できるようになっているので、是非注目していただければと思います。
あと、建築的な目線ですが、中央部の仏像に座っていただいている部分の周りを取り囲む四本の丸柱。これも立派な太い柱で、ケヤキやヒノキなど様々な木材で作られているのですが、これも構造上重要なので是非注目して見ていただきたいです。
藤井 義久(ふじい よしひさ)
京都大学大学院 農学研究科 森林科学専攻 教授 1980年京都大学農学部林産工学科を卒業。同修士課程、博士課程を経て1984年に京都大学農学部助手に任官。1990年文部省在外研究員(ドイツ連邦共和国)、1994年京都大学農学部助教授に就き、同大学院助教授、准教授を経て、2013年から京都大学大学院農学研究科教授となり現在に至る。
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