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本に触って江戸時代を感じて欲しい
大屋書房 四代目店主
纐纈 くりさん
神田神保町は、150軒もの古書店が軒を連ね「世界一の古書店街」とも呼ばれています。司馬遼太郎や池波正太郎、遠藤周作など、多くの文豪たちとも縁が深い街。そんな神保町の一角に、江戸時代を専門に扱う古書店「大屋書房」があります。一歩足を踏み入れると、まるで古書の洞窟に迷い込んだよう。その匂いを嗅ぐだけで、遠い過去に誘われます。大屋書房4代目店主の纐纈くりさんに、古書にまつわる話を伺いました。
大屋書房について教えてください
私の曾祖父が明治15年に大屋書房を創業した後、神保町の近くに東大の前身ができ、それから古本屋が増えました。他の学校も全部実業学校だったため、先生と学生が必要とする古本屋が一帯に増えたと言われています。
祖父の代だった大正4年、そして大正12年の関東大震災と、二度もこの辺りは大火で焼けてしまったそうです。焼け野原で石を積み、ベニヤを敷いて、どこかから持ってきた本を売っている祖父の写真が残っています。バイタリティがすごいですよね…。もし、いま同じことがあったら落ち込んでしまって真似できないと思います。そうしたことを二度も経験し、立て直してくれたからこそ、父が継ぎ、4代目の私に至るという感じです。
幼い頃から古書に囲まれて育ったそうですが、いつ頃から店を自分が継ぐと考えるようになったのでしょうか?
小さな頃、父からは「好きなことをしなさい」と言われてきましたが、両方の祖母からは「将来動物園の飼育係になりたい」と言うと、「くりちゃん、あなたは家を継ぐのよ」とずっと言われていました。実際に「継ぐ」ということを本格的に意識したのは…、大学生あたりでしょうか。好きなことをして高校時代を過ごさせてもらいましたが、大学に入るころ、いくつか自分がやりたいことの一つに、ここの店を継ぐというのを意識するようになりました。
子供の頃、父が日曜日になると、どこかの展覧会に連れて行ってくれました。というより、美術館の甘いもの屋さんに釣られて、浮世絵を見に行っていました。いま、父と一緒に仕事をして同じものを見て、いいねと言い合えるのは、そうした子供の時の経験があったからでしょうね。例えば初めて市場に行き、これいいなと思って買ってきたら、父が「最初に自分が気に入って買ってきたものと同じだよ」ということもありました。
特別なエピソードがある本はありますか?
市場で入札をしたり浮世絵の会で競りをするとき、山で購入することがあります。山というのは、まとめてということです。ある時、山の中の作品を一瞬見て「あの絵が入っている、あんなの見たことがない!欲しい!これは買わなきゃ!」と感じることがありました。何とか上手く競り勝って家に帰りました。
帰宅して、父と一緒に作品をきちんと見始めたところ、作品を包んでいた紙を見た父が「おや、これはどこかで見た字だね」と気が付きました。実はそれは、祖父が遠い昔にアメリカ人の妖怪コレクターに売って、それがアメリカから戻り、違う出品者が市に出品したものでした。私がパッと見て欲しいと思った絵が、実は元々祖父が手にしていた作品で、長い年月をかけて再びこの店に戻ってきたということです。代々同じテイストが好きなんですね…(笑)。すごく感慨深いものがありました。
古書のなかでも力を入れているジャンルを教えてください
私が力を入れているのは妖怪です。父が3代目で店を継いだときは、祖父と違うジャンルとして古地図を開拓したそうです。私の若い頃、同世代にとっては「古書って何?」という存在だったので、わかりやすいビジュアルのもの…「そうだ、妖怪だ!」と考えました。ゲゲゲの鬼太郎を見て育っている世代だし、妖怪のビジュアルなら若い人たちにも面白さが通じるかなと思い、妖怪のジャンルに注目して買い集めました。
妖怪をきっかけに江戸の文化を知ってもらえるかなと、店のウィンドウにも並べました。当時は、まだ手の出しやすい金額だったので、若い人たちが割とお店に入ってくれるようになりました。うちの店は、江戸時代の料理のレシピ本や旅行ガイドブックなどが置いてあるのですが、中々入りにくいと言われていたので、その課題ともマッチしました。
その後、妖怪を集めたカタログを出したところ、なんと荒俣宏さん、水木しげるさんや京極夏彦さんがやっていらっしゃる「怪」という雑誌からお声掛けいただき、原稿を書かせていただけるという、それはもうありえないことも起こりました!
本という文化は、この先どうなっていくのでしょう?
世代によって異なると思いますが、本には触れることができる、活字とはまた違う感覚があります。例えば、江戸時代に出版された草双紙というものは、一つずつ手作業で版が掘られ、刷られてきたもので、今まで100年200年と読み継がれたもので、それはまたデジタルとは異なる魅力があります。また、和紙って今の用紙に比べてすごく強いんです。ですから、火と水の害さえなければ、これからも200年300年と読み継がれていくものだと思っています。
同じ本でも、私達が扱っているものは、情報というより日本文化そのものなんですよね。いま、私達の生活にあるほとんどのものは江戸時代にはじまったようなもので、例えばレシピ本が世の中にたくさん溢れていますが、江戸時代の庶民はどうしていたかというと、やはり今と同じようにレシピの本を見て料理を作っていたんです。その背景には、江戸時代後期に作られた寺子屋の存在があり、子供から大人まで広く読み書きができるようになったことがあげられます。当時の日本は、世界で識字率がトップクラスだったと言われているんですよ。それでもっと「読みたい!」という欲求が出て、庶民達が本を読むようになり、需要と供給が合わさって出版文化が栄えたわけです。
ー纐纈さんにとって、過去から未来へ文化を伝えていくこととは?
よく父が言うのですが、古本屋は本をお客様からお預かりして、また次のお客様への橋渡しをする役目だと言われています。
いま、海外の方が日本の文化に注目をしていますが、逆に日本の文化を知らない日本人がたくさんいます。例えば、浮世絵の多色摺りの文化とか。そういうものを日本人にもっと知っていただくために、きちんと仕入れをし、店に来る子供たちには手に取ってもらうようにしています。お母さんが「触っちゃだめよ」と言っても、私が手に取ってもらっています。本の質感や匂いを含め、子供たちには知ってもらいたいのです。
神田神保町は、150軒ほどの本屋が集まり、街全体が本のデパートのようになっています。各書店が専門店化し、例えば大屋書房のように江戸時代に特化している店もあれば、美術書だけの専門店があったり、現代アートを扱っていたりと色々なジャンルがあるので、訪れていただければどこかしらに興味が湧くと思います。古書店の良いところは、美術館だとガラス越しにしか見られないものを手に取ることができる点です。そして購入もできる。
ぜひ神保町に古書店巡りにいらしてください。本に触って、江戸時代を感じていただきたいです。
纐纈 くり(こうけつ くり)
1972年、千代田区生まれ。 明治15(1882)年創業、神田神保町、江戸時代の和本と古地図、浮世絵の専門店「大屋書房」の4代目。『妖怪カタログ壱、弐』を刊行し、妖怪の浮世絵や和本を通して江戸の文化を発信。国際浮世絵学会常任理事。
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